<   2017年 05月 ( 15 )   > この月の画像一覧

あと1回きり・・・

b0119421_20452456.jpg



やっと本腰を入れて検査してくれるのかと思ってましたよ。
ミュージシャン風イケメン整形外科医!

来月で転院らしいです・・・

もう。

で 10枚くらい撮りましたかね
膝だの腰だの大腿骨だの背中だの

膝は痛みの割には 異常が見られなかったのでほっとしております。

「なんか 薬を飲んでいるので お酒が飲めなくなっちゃって・・・
以前は 家で一人で飲んで 二日酔いになったりして
自分 何やってんだろって思ったりして」

となにげに話すと

「僕もそう。もう酒 絶対に飲まない!って決意するんだけどさ」

「先生も一人で飲むんですか?
私なんか テレビ相手に 一人で飲んでる時が一番楽しいかも。」

「僕も。夕方の6時ころから飲み始めて気が付けば12時ころだったり。
次の日が休みのときなんて
それで昼まで二日酔いで寝ててさ。
何やってんだろ ぼく・・・って思うだけど
夕方にはまた飲んでるっていう。」


なんで 整形外科で一人飲み話でこんなに盛り上がるかね。

きっとお互いに一人が好きなのかもしれない。笑

で やっと 慣れたなと思ったら
もう他の病院に行ってしまうんですね。
残念。
月に一度のお楽しみだったのになぁ~笑

来月 あと1回で
そんな小さな楽しみも無くなるのね。
また きっと どこかで
小さな楽しみを見つけることができるのかしら。

整形外科ってなかなかイケメン先生が居ないんよ。
いや~ 残念 
このうえなく 残念


*****

いつものように 内容と写真はまったく関係ありません。

な~~んとなく
今日は この写真を選んでみました てきな。苦笑






[PR]
by syubachiko | 2017-05-24 20:57

嫁からの初母の日

b0119421_10583319.jpg



父が亡くなる前から 元準家庭警備隊から
「母の日のプレゼントと食事をしたいんだけど いつがいい?」との連絡があった。

12日の金曜日
結局 ウチで 料理は私が作ることになり
(外食はもったいない と 息子が言ったのか 嫁が言ったのか 知らんが…)
葬儀から1週間も経ってないが
家でスキヤキパーティーをしながら 母の日のお祝ってことになりました。

1か月ほど前に
元準家庭警備隊から LINEが来て
「彼女が母の日のプレゼント 何がいいかって言ってるんだけど」と。
別に 私が欲しいものは えらく値が張るものばかりだから
彼らたちにプレゼントしてもらうもので欲しいものは無いよなぁ・・・・
「気持ちだけで十分よ。ありがと」と返事をしといた。

しかし 嫁の立場からしたら
きっと 何かプレゼントを用意するだろうなぁ・・・
せっかくお金を払って買ったものが ???な感じだったらもったいないし。
だったら ここは きっちりリクエストを出しておいたほうが
お互いに気持ち良い思い出の時間を過ごせるだろう と
いつもの思いっきり合理的思考がよぎる。

「この間 欲しいものは無いと言ったけど
きいちゃんに選んでもらいたいものがあるの。
日傘
晴雨兼用
折り畳み式
持ち手はJ
軽くて それほど高価なものじゃなくていいから」と
LINEを送る。


これだけ はっきり伝えておけば
選ぶ方も迷わずに助かるだろう。笑

嫁が私の為にどんな日傘を選んでくれるのか
すっごく楽しみ♪
大切に使わせてもらおっと。

当日、笑顔のかわいいお嫁さんと
準家庭警備隊が約束の時間 きっかりに来る。

我が家は、イベントの時は ホールケーキとカードに一言添えるのが必需。
そのことを準家庭家庭警備隊が彼女に話したのだろう。

しっかりとホールケーキを持参してくれた
アンリ・シャルパンティエの
母の日限定のイチゴとハートのコラボケーキ。
12日から14日しか手に入らない
限定のケーキでした。
うんうん よくできた嫁だこと!笑

カードもかわいいピンクのカード。

そして 楽しみにしていたプレゼントも
彼女らしいキュートな感じ。
私には少し可愛すぎかもしれないけれど
でも お嫁さんに選んでもらえるなんて考えもしてなかったから
嬉しくて嬉しくて!!!
大切に使わせてもらいますね。

「でも本当に今年だけでいいからね。来年からは 気持ちだけで十分よ。」

そう言うと
「いえいえ そういうわけにはいきません。」って
そっか・・・・
私なんて ウンチョスのお母さんに
1回しかプレゼントしたことないけど~
最初の1回だけ~
お誕生日もな~~~~んにも してないけど~~~~

そもそも 嫁って思ってないし~~~~~爆

やっぱり なんにしても
人様からプレゼントしてもらえるって嬉しいことですね。

思い出に残る 初 嫁からの母の日プレゼントでした。












[PR]
by syubachiko | 2017-05-21 11:19

国バラ、続き

去年、ウンチョスと2枚、前売り券を買ったのだけど、
ウンチョスが仕事で都合が悪くなり、
1枚、無駄にしてしまったのと、
父の件もあって、日程がつきそうに無かったので、
当日券を購入。

ですが、セゾンカードで当日券を買うと、前売り券と同じ金額!
なーーんだ、そうだったのね。


今年のコンセプトは、ブッチャートガーデン。
カナダのバンクーバー?だったか。
仕事で2度ほど行きましたが、
ガーデンというか、小ぶりの森、みたいな。
個人的には、んんー?な展示でしたが、
それ以上に違和感を感じたのは、草月流家元
の装花…
独りよがりな....
ブッチャートガーデンとの繋がりもないし、
はっきり言って、今までの中で一番 微妙な展示だったかもなぁ....

なので
自分の中でテーマを決めた。

「窓」






b0119421_22192054.jpg






b0119421_2220719.jpg






b0119421_22204624.jpg







b0119421_22213116.jpg









2枚目の写真で、よく分かると思いますが
多肉植物が沢山使われてます。
今年は、一番多く多肉植物が使われていた気がします。

コンセプトには???でしたが
随所にキラキラしたセンスの良さを 見つけることができました。


でもって
帰りは臨時のレッドアロー号に乗って帰ってきました!
なんだかんだ ゆーても
行って大正解の展示会でした。










[PR]
by syubachiko | 2017-05-18 22:10

国際バラとガーデニングショー

b0119421_2358787.jpg




昨日、オメが突然 高熱を出して。
今日も下がらなければ、いときっつぁんが疲れてるだろうから、
少しでも、休めたらと思い、いときっつぁんの家に行く予定でした。

幸いにも、朝には、平熱に戻ったみたいなので、
やれやれ。

今日が最終日の国際バラとガーデニングショーに行ってきました。

メットライフドーム?
いやいや、
西武球場ですわよ。

余談ですが、
私の使ってる乗り換えアプリで
西武球場と入力すると、
なぜだか、名古屋の方まで連れていかれちゃいます。

西武球場前 てのが正式な駅名。
で、長いこと西武線使ってますが、
西武球場前 って西武狭山線だったんですね。
私は、今日まで西武新宿線だとばかり思ってました^^;

あ、眠くなってきちゃいました。
シッポナが抱っこしろとうるさいので、
また、明日、続きを書きます。
[PR]
by syubachiko | 2017-05-18 00:07

被災のプチ体験

b0119421_11305324.jpg


おとといの夜
ウンチョスが「下の洗面所で 変な音がする」と
お風呂上りに言ってきた。

また~~~
父が亡くなってからも
下で音がすると 時折言っていたので
たく! また 訳の分からないこと言ってるし
と 無視して寝てしまいました。

あ~~~あの時なぜ 確認に行かなかったのか自分。

でもさ~
普通 男の人がそういうのって なんとかしようとするもんじゃないのぉ?
うちはいつも私が手当てをしないとなんだよね。
電球の取替えならまだしも
リモコンの乾電池替えすら私。
「ちゅばちこちゃ~~~ん これ 動かないんだけど~~~~」って。

もうお疲れMAXな私は あの夜は 無視しちゃったんだよなぁ・・・・後悔。


朝 また いつもの
「しゅばちこちゃ~~~ん」と言いながら 上に上がってきて
「やっぱり変な音がしてる。おかしいよ。」って
おかしけりゃ キミがなんとかしようって気はないんかい!?

しぶしぶ階下にいくと
本当だ。なんだか雨が何かに当たっているような音がしてる!!!

これはまちがいなく水漏れだわ。

すぐに水道の元栓を見ると
水をまったく使用していないのにメーターがくるくる回ってる!!!

あ~~~~~~
一晩 ざっと7時間は水が漏れたまま放置されていたんだわ・・・・・

すぐに水道の元栓を閉める。

「あのさ~~~ 普通にキミ 気がついた時点で
水道の元栓を閉めるくらいできるでしょうが。
なんで 朝まで放置しとくかなぁ・・・・」

「だから 変な音がするっていったじゃん。」

・・・・・
・・・・・

不毛な言い合いはもう 勘弁。
黙ってしまった私を見て、感じるところがあったのか、ウンチョス。
日曜日で休みのために電話が繋がらない工務店社長の自宅まで行って
翌日 月曜日の朝一番で見に来てもらう旨
手はずをしてくれた。
地元の工務店で母がとても仲良くしていた工務店さんで
この家を建ててくれたこともあり
話が早い。

日曜日ということで
一日はともかく水道を止めてしのぐことに。

ウチは福島に親戚が多く
東日本大震災のときに ライフラインがしばらく止まったいた地域に住む親戚もいた。
彼らが口を揃えて言ってたことは
「お風呂の水は翌日まで捨てないでとっておくのがいいよ。
トイレを流すのにお風呂の水がとても重宝するから。」

それ以来 朝にはお風呂掃除をして湯船のお湯を流してしまっていたのを
残しておくようになった のが 本当に助かりました!

水道管から水がいっさい出ないということが
こんなに不便なことだということ。
普段の生活で自分がどんなに水を使っていたのかということを
痛感しました。

手を洗うこと一つにしても 片手でペットボトルで水を流しながら洗うのが
とても不便。

顔をあらったら 両手が泡だらけ
両手の泡をまず片手ずつで洗い流してから 顔を洗うという
それだけでも大変なことでした。

すぐにペットボトルの水を箱買いしてきましたが
だいたい 1日でトイレの水をあわせて 一人50リットルくらい必要です。
(最低限の食器洗い 手あらい←私は手を洗う回数が多いかもだけど)

被災したら、ライフラインが復活するまで
いったいどれだけの水が必要なんでしょう。
ペットボトル4、5本ではまったく足りませんわ。
給水場って公園内にあるだろうから 近いし便利!と思いきや
今回 こんな機会に調べみたら
公園内にはひとつもなく
かなり遠くまで行かないとダメだということも知りました。

そして
昨夜 夜 久しぶりに銭湯に行ってみるかと
自転車に乗り、鼻歌まじりに行ってみると
更地になってる!!! 無い!!!

だよなぁ こんな住宅地で銭湯はやっていけないよなぁ・・・
よく今まで頑張っていたと思う。

じゃ あっちの銭湯に行くか
と ちょっと離れたところまで行くと
えええ? やっぱり 無い!!!
この間まで ここにあったはずなのに・・・・・
コインランドリーだけ残して
あとかたもない。

月日の流れだけをやけに感じた。

いや~ 北朝鮮のミサイルも怖いけど
大震災が来るのも怖い話しだわ。

*****

さきほど 工務店さんが来てくれて。
さすがプロですわ。
どこがもれてるか だいたいの見等をつけてくれて
今 漏れた場所が見つかりました。

築30年。
人間の血管と同じで
家の配管もあちこち 傷みがでてくるんですねぇ。
配管の継ぎ目のところから
水が勢いよくはみ出していて
それが床にあたって
ザーザーという音がしていたようです。

音の大きさに比べて
漏れていた水の量はたいしたことはなく
一晩で湯船2杯くらいかな。笑

床に大きな穴があきましたが
今のところ最小の被害ですみそうですわ。

この感じでいけば
今夜は自宅にてゆっくりお風呂にはいれそうです。

やれやれ。

費用はかかってしまいましたが
とても貴重な体験をさせてもらいました。

水ですよ水。
ともかく 水の用意は普段からしておいたほうがいいです。

*****

写真は 私の朝食!

こんな時こそ
あれこれ考えずに
ともかく しっかり食べよう

下で工事している間、仕事にならないので
私はの~~~んびり朝食!笑
















[PR]
by syubachiko | 2017-05-15 12:31

通常ブログに

b0119421_21524070.jpg



突然の父の死だったので
GW中の予定はすべてキャンセルしましたが
GW明けは 仕事も普通にこなしています。
私が休んでしまうと お客様にご迷惑をかけてしまうので。
なので
二日酔いとかができなくなり
夜 飲酒することがまったくなくなりました。

私 飲みだすと 止まらないので
適量で止めるってことができないんですよね。
どうしてなのか、1杯だけが いっぱい飲んじゃう
自分でも不思議。


疲れで腰の痛みが悪化してる感じがします。

写真は、なんとか撮り続けています。


相変わらず な 感じではありますが。苦笑

今年は、バラの開花が遅れたので
今、一番綺麗。

写真に撮っておきたいと思いながら
惹かれるのは
こんな朽ち感満載な場面。

もうちょっと奥行感が欲しいなぁ。
これマクロレンズだったから。

あーだーこーだー

そうね
あーだーこーだー 言ってるうちに
人生 終わりが来ちゃうんだろうなぁ。

私は
若いイケメンのおにーさんに
ビールついでもらって
「懐かしい味だわ」とか言って
ころって逝きたい・・・・笑
[PR]
by syubachiko | 2017-05-13 22:06

続き3

葬儀社とこれからの流れを相談。
家からの直葬ということにしてもらいました。

通夜・告別式も全て自宅。
密葬ということで 私と妹夫婦、孫5人、ひ孫1人 義息子1人、儀娘1人、 犬5匹(うちの4匹と しゅばの子1匹)
ウィーンでお世話になった叔父が母方の親族代表で参加してくれて。
母をのぞく身内全員でこの家から送ることにしました。

妹のご主人に進行役を頼んで
葬儀だけれど なんだか和気藹々。

父が戻ってきた 5日は カレーパーティー。笑
翌日の御通夜に来れないメンバーもいたので
2夜続けての御通夜ということにしました。

6日 土曜日は、仕事の依頼やら 弔問客やらの対応やら
あれこれ 私は出たり入ったり
ウンチョスも仕事してたりで
父が亡くなった実感はないのだけど
父の部屋にはベッドに寝ている父ではなく
棺に入った父が・・・
不思議な気持ちでした。

昼過ぎ 妹が来てくれて
亡くなった場所のショートスティ先まで
一緒に行ってくれました。
父の私物や保険証等を引き取りにいくのと
ご迷惑をおかけしたご挨拶に伺いました。

「お昼を召し上がらなかったので
私が ココアでも飲みますか?と聞いたんです。
それまで イーイーすることが多くて・・・
ちなみに イーイーはイライラするって感じの彼女の表現でした。苦笑
ココアを入れてさしあげると
「懐かしい香りだなぁ」と
いつもの満面の笑顔で喜んでくださいました。
あの席に座って飲んでいたんです。」

若くて綺麗な介護士さんが指差した場所は
みなさんで囲んでいるテーブル席の端の席でした。

「ちょっと 体を動かしましょうか、と
歩き出したら 具合が悪そうで横になったんです。
そうしたら 呼吸が乱れてしまい・・・
ココアを飲んだときの笑顔のまま 眠るように亡くなりました・・・・」

そっかぁ
あの笑顔のような顔は
こんな若くて綺麗なおねーさんに最後のお世話をしてもらってたからかぁ
父らしいな。最後まで 父らしい。
そういえば ココア 昔 よく飲んでたわ・・・
私が介護するようになってからは
血糖値のコントロールができなくなるから 甘いココアはダメ!って
飲ませてなかったからなぁ

何を聞いても涙が出てくる。

どんなに家で介護していても
私がちょっと買い物に出ていたり
仕事で出ていたり
一人で息をひきとったかもしれない。

でも ここで みんなの空気に囲まれて
若い綺麗な介護士(何回もここんとこ強調!)さんに最後 話しかけてもらって
そんな最後 理想すぎやしませんか!!!

生前 私は毎回 悪態ついていました。

「寝てばかりいないでよ。
そうやって一日寝てるなら 棺の中に入ればいいじゃん!
そしたら ずーーーーーーっと寝ていられるし!
でも 寒いとき暑いときに死なないでよ。
葬儀が、辛いから。
あと桜のときも止めてよ。
桜を見るたびに 葬儀を思い出したくないから!
どうせなら GWにして。
それもGWの初めの方。
そしたら みんな、会社を休まないで集まれるから。」


父・・・・
本当にGWに死んじゃったじゃない・・・・


いときっつぁん
「お母さんの思い通りになったじゃない」って。

まさに
私が言っていた通りだわ。

最後の最後に
子孝行をしてくれた父。

まったく誰のいうことも聞かなかった。
ディでは気に入らないと手をあげることもあったとか。
よくイーイーしていたとか
お気に入りの女子とだけ楽しく話していたとか。
たく しょーーーーがない父が

最後だけは 私の言うことを聞いてくれたんだわ・・・・


6日の夜、仕事から帰ったウンチョスが突然
やっぱり お母さんが居ないとダメだよ。
お母さんが来ないといっても 連れて帰るよ。
朝一番で行けば 最後のお別れには間に合うから。
連れて帰ろう!
ぼくが連れて帰る!

7日の朝 5時に家を出て
8時過ぎに母は戻ってきました。

ゴネるかなぁ と思っていたら
素直に父に対面して
「まぁ 寝てるようじゃない。なんて安らかなの?」と笑顔。
きっと母も 私と同じように
全てが許せてしまったのかもしれません。
落ち着いたら 母の心境を聞いてみたいものです。笑


棺の中の父に、お気に入りのジャンパーをかけてあげました。
いつもいつもこのジャンパーを着ていました。

そして 妹が どら焼き、アンパン、甘納豆、スティックココアを。
って どんだけ甘いもんつくしなんだよ!笑
また 糖尿病になっちゃうじゃん!

5日に集まったメンバーで記念撮影をした写真を貼った色紙に
妹の次女が絵を描いてきれて
全員がひとこと添えて。
それも一緒に添えました。

母も「○○さん、お世話になりました。」と書いてくれました。
私はいいわ と言うかと思ったけれど。苦笑
素直に書いてくれました。

最後のお別れ。
一番長く父に話かけていたのは 母でした・・・・
「あなた、良かったわね。みんなに送られて」

あぁ 母を連れて帰ってもらって良かった。
ウンチョスに心から感謝。
ありがとうね。
全員で送れた。
こんなに和気藹々に。

火葬して骨になった父を私が抱いて家に戻りました。

そして 家に着き 初七日の法要を済ませると
すぐに、みんな普段着にお着替え。
いときっつぁんのご主人にも
準元過程警備隊のお嫁さんにも
お着替え持参を頼んで。

犬たちもわらわら

1陣2陣で 大型スーパーへ買出しに。
それぞれが食べたいものを買って。

お寿司の出前を頼もうと私が言ったのですが
高くつくし お寿司が食べれない子もいるってことで、
それぞれの家庭のそれぞれの好き嫌いに合わせて
食べ物、飲み物を調達。

こんな葬儀、無いですよね。
でも妹やその子供たちとの連携プレイで
手作りの葬儀ができたと思います。

母はめずらしく ビールを飲んでました。
そして よく食べてました。

最後に母が 父に歌を贈りますとか言い出して

「酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞ~~~~♪」って・・・・

私は物心ついてから 初めて母の独唱を聞いたような気がします。
もちろん 孫たちは初めて。

笑い声ばかりの宴会になってしまいました。笑

叔父が「こんなに賑やかに送ってもらえて、うらやましいな フジさん」と言ってくれたのが、嬉しかった。
ちなみに、フジさんっていうのは父のニックネーム。

8ヶ月前に 先に逝った叔母。
一人になってしまった叔父は寂しいのかもしれません。

きっとおばちゃんが父を呼んでくれたのかもしれません。
今ごろ「フジさん うるさい!」と 話し好きな父は、叔母に怒られるてるかも。


そんなこんなの
ちょっと 都内では風変わりな葬儀だったかもしれません。
でも 私は 父の兄弟はみな高齢で 兵庫県や大阪などと遠いところにいるので
私たちだけで送ろうと決めていました。

私の思い通りの送り方ができて 本当に良かった。
なにより母が あんなに父に話しかけていたのが
印象的でした・・・・

みんなに感謝です。
父にも妹の家族にも
母にも

そして 最後になにがなんでも連れて帰ると言って
母を連れてきてくれた ウンチョスにも。


色紙に書いた準元家庭警備隊の一言

「来世でまた会おう!」って・・・・・

それはやめておこうよ ね。 笑


*****


ちょっと ???な 私の家庭です。
知らない人には違和感満載な文章だったかも知れません。

私てきには 思い出のひとつとして
日記のような気持ちで 書き残していました。

これにて 父の葬儀編は終了。

まだ 届けをひとつも出していないし
お礼もなにもしていないので
来週はその手続きをしようと思っています。

父の遺影に
「早く起きなさい!」とか
「寝てばかりいると 足腰が弱くなるから 歩きなさいよ!」とか
普段と変わらず話しかけてます。

なんか 居なくなった気がしません。
いつも傍にいる感じがしています・・・・









[PR]
by syubachiko | 2017-05-13 19:21

続き 2

葬儀社 これは 昔から地元の葬儀社を決めていたので、
すぐにそこへ連絡をして
警察署へ妹と同行。

しかし 後から 聞いたことですが
その葬儀社は高いので 最近はあまり人気がないらしいのです。
確かに 連休の最中だというのに すぐに現金支払いを催促されて
おかしいなぁ とは思ったんですよねぇ・・・・
妹いわく 「てるみクラブじゃないのぉ???」って
まさか 葬儀前日にバックレることはないだろーて。苦笑

まぁ 私てきには 高くても
昔から地元の葬儀で馴染みの担当の方にお世話いただいて
結果的には満足でした。

いやぁ
日ごろから どこの葬儀社が人気だか
地元の人からの情報は得ていたほうがいいですね。
つくづく思いました。


警察に着くと
監察医から 結果を説明されて
死因は 虚血性心疾患 でしょうとのことでした。

11年前に 狭心症で救急車で運ばれ
ペースメーカーを入れて
2度目の交換もしてました。

60歳のときに糖尿病と診断され
2年前からはインシュリン注射もしていました。

そうした既往病や高齢から想定して 心臓で亡くなったのでしょうとのことでした・・・・

葬儀社の人が手早く 納棺をしてくれて
小1時間ほどで 遺体は自宅へ。

最初 私は葬儀社の霊安室に運んでもらうことを希望したのですが
妹夫婦が 自宅へ連れて帰って自宅から送り出してあげたいと主張したので
それに従いました。



棺を入れる 置く  これは一般住宅には大変なことでございます。
私たちが草津から帰宅して 息つく暇も無く
父の部屋のベッドや机を 隣の部屋に運び
てんやわんやの大騒動!!!

妹のご主人、ウンチョス、妹の次女
ちなみに妹の長女は連休で京都旅行に行ってました。
せっかく楽しんでいるのだから 帰る日の新幹線に乗るまで
連絡しないでもらいました。

ということで 自宅待機組3人は 1時間で大奮闘だった様子。
今回 思ったのですが しっかりものの妹が居てくれて心強かった。
私 一人では 自宅からは送ることはできなかった・・・・

生前 父はこの家から旅立ちたいとよく言っていたので
妹はどうしてもその思いを叶えてあげたかったのでしょう。

私は「たく そんな 面倒なこと イヤよ。」と 父に悪態ついていたもんで。苦笑

駐車場からキッチンを通って
思っていたよりスムーズに父の部屋に棺を置くことができました。

そして その時 私とウンチョスは初めて 父の最期のお顔に対面したのです。

・・・・・
・・・・・
・・・・・

あんなに手がかかって
頑固で 言うこと聞かなくて
もう 限界! もう 限界! と
辛い介護の日々でした。

若いころからの 身勝手な父を
どうしても許すことができなくて
苦しんだ苦しんだ 思春期・青春期・思秋期・・・・

そんな父を一番恨んでいたのは母だったのでしょうねぇ
母が先に壊れてしまって
母は父の面倒など見れる状態ではなく
結局 私が両親の介護をした時期もありました。

施設にいる母に 妹が連絡をしてくれたのですが
こちらへ来るのは嫌だということ。
父の最期を見送る気はないとのこと。
まぁ 母の気持ちも理解できるので
私は仕方ないと思いましたが
私からももう一度 母に聞いてみたのですが
やはり「私はいいわ。そっちへ帰るたびに 毎回 お別れだと思ってきたから。」

母は父の亡くなった顔をみたくなかったのかもしれません。
生きていたころの顔だけを思い出に残しておきたかったのかもしれません。
もしくは
本当に会いたくなかったのかもしれません。

仕方ないのでもうそれ以上は何も言いませんでした。


そんな父の最期の顔は
笑ってるような
半眼半口
いまにも 起きてきそうな
寝ているような
見たことも無い 安らかな顔。

私は 号泣。

この瞬間に 父への負の思いが 消えてしまい

ただただ ありがとうの気持ちしか湧いて来ないのです。
これは 自分でも不思議でした。
まさか 父の死に面して
自分がこんな安らかな気持ちになるとは
まったく想像もしませんでした。

「たく 頑固ジジィ!」 と 思っていたのが
パパ! と 小さいころ 
父親を嫌いになる前の 幼少期の頃の気持ちが蘇ってきたのです。

もっと優しくしておけば良かったとは思いません。
むしろ 私は限界でした。
あれほどこの家に居たいと言っていた父を
施設に入れることさえ考えてました・・・

「言うこと聞かないなら 老人ホームに入ってよ。」
と言うと
その時だけ 言うことを聞いてくれる父。
おうちが好きな父でした・・・・

*****

母の日プリザの追加と
音楽博物館からの追加注文で
昨日まで 怒涛のような日々でした。

やっと今日は 少し休んでます。

それでも 写真のプリントとか・・・
って Yのインクがなくなる寸前。

長い文章になったので
続く3 へ 続く!^^;



[PR]
by syubachiko | 2017-05-13 18:04

続き 1

「東大病院に搬送してもらえるようなら
健康保険証と一緒に診察カードが入っていますので
それも渡してください。」

とショートステイの人に言うと

「ちょっと待っててください。確認します。」といって受話器を置いた様子でした。

周囲の声が聞こえていて 慌てている様子が伝わってきます。

「え?なくなった?」 と 受話器の向こうから聞こえてきたので

やだ~ 診察券 失くされたら 面倒くさいのに~ と 思っていたら

「あの 呼吸が止まっているようなんです。」

と。

失くなった じゃなくて 亡くなった だったのね・・・・

「え? また 呼吸が戻ってる?
ともかく 救急車を呼びますから 一度 切ります。
あとで救急隊員から連絡が入ると思いますから。」


ほどなくして 救急隊の方から連絡があり

「呼吸が安定していないようなのですが、
延命処置を望みますか?」と聞かれて
本人も家族もそれは望まなかったので
その旨を告げると

「では そのような病院を選びます。
のちほど 搬送先の病院をお伝えします。」 とのこと。


30分ほどで 再度 救急隊の方から 連絡が入り

「病院に着いたときには 死亡が確認されましたので
東京都の条例により 警察から連絡が入ると思います。」

ということでした・・・・・


なにぶん 草津に居る私は電話対応しかできません。
埼玉に住む 妹に連絡をすると
すぐに病院に向かうとのこと。

こんな時になぜ?
西武池袋線が人身事故で止まってしまってる と。

そうです。私も先日 渋谷から副都心線で帰宅途中
下車駅2つ前にて 止まってしまい 30分ほど 爆睡しておりました。苦笑

妹が到着したときは
すでに 遺体は警察に運ばれたとのこと。

病院以外で死亡すると えらく面倒になるということを知りました・・・・

確かにね、入院していたならともかく
医者だって死因なんてそう簡単にわかるわけないですよねぇ。


そこからは 警察の方との電話対応が始まりました。

「〇〇警察署の 刑事課の〇〇といいます。

刑事課って????
もしかして 何か問題でも???

不安が募る。

どういうことになっているのか
まったく説明をされず

「また30分後にご連絡いたします。」

といって 電話を切ってから
2時間過ぎても連絡がこない。

すると妹から連絡があって
妹は身元確認ということで
一番先に 父の遺体と対面できた様子

「笑ってるようで 今にも起きてきそうだったよ」

まず 警察は 事件性がないかどうか
遺体の確認をして
遺体に不自然な傷や 薬物による他者からの介入などの疑問が無い場合は
監察医務の人が都内の警察を順番に回って検死をし、
死体検案書を書いてもらって
火葬許可がおりるという具合らしい。

万が一 そこでも死因が判定できない場合は
大塚まで運ばれて 解剖ということになるらしい。

とりあえずは事件性はないとのことで
妹が対面できた ということになったそうで。


夜 10時過ぎ やっと
刑事課の〇〇さんから 電話が入り
父の既往歴や 生活のこまごまとしたこと
飲んでいた薬
父の生い立ち 職業 
私や私の家族のこと 

こまごまとした質問をされました。

「で いつごろ こちらへ戻られますかね?」

4日は まだ 上りも下りも 関越は混雑が想像されたので
5日の早朝に草津を出て
昼前には帰宅できる予定を告げました。

「5日に遺体を引き取るときは
葬儀屋さんも一緒に来てくださった方が助かります。」

とそれからは 刑事課(笑)の〇〇さんが
とても親切に これから私がとるべき行動を教えてくださりました。

****

身内のことで
ずいぶんと 細かいことを書いています。

これは のちのちの自分の為なです。
細かいことを忘れてしまうだろうから
記録しておきたいんです。

その都度の自分の感情のゆらぎを 記しておきたいんです。

長い文章になります。

ご興味のない方は
申し訳ありません。スルーして
また 写真がアップされましたら
ゆっくり ご訪問ください。m_ _m
よろしくお願いいたします。
[PR]
by syubachiko | 2017-05-08 23:26

最後の最後はありがとう しかでてきませんでした

b0119421_931723.jpg





GW前、写友のYさんと 東京カメラ部の写真展に行ったあと
ランチをご一緒して。

あまり自分の心の中を話さない自分が
なぜか Yさんに父との確執を話し、自分の気持ちを吐露しました。

私から友人を誘うことはほとんど無いのですが
きっと、私は辛かったのだと思います。
古い友人には むしろ話せないほど 辛かったのかもしれません。

そして 話しているうちに
なぜか 私は 父の手を写真に撮りたいと思い始めました。
今のままでは 自分はきっと後悔すると

来世の話で盛り上がりました。笑


それが4月30日でしたっけ。

それから 私は 父への思いが少し変わり

5月2日 私は草津へ行くので
父をショートステイに送り出しました。

母の日プリザの追加納品で 制作だの納品の準備だの忙しくしておりましたが

父のズボンをはかせて
冗談を言いながら

草津から帰ったら 父の手を モノクロでかっこよく 撮ってやるぞ!
と 笑いながら話して。

右手が痛いと言っていたので
手をさすってあげると びっくりするほど冷たくて
一瞬 大丈夫かしらと思ったものですが
なにせ 草津での予定も詰まっているし
父を送りだしたら すぐに準備にとりかからなくてはならなくて。

送迎の車が来て
父を送りだしたのが
父との最後の時間になってしまいました・・・・・


草津でのコンサートが終わり
翌日の4日。
唯一 自由時間の一日でした。

ショートステイ先から 救急要請をしたいとの連絡が入り
かかりつけの東大病院へ搬送可能ならお願いしたいと 電話で話している途中に
息をひきとったようでした・・・・

****

続きは また のちほど。
とりあえず
しばらく 多忙がつづきますので
また いつ この話の続きができるかわかりませんが
自分の気持ちを書き残しておきたいと思っております。
[PR]
by syubachiko | 2017-05-08 09:15